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♯22「どれだけ沢山のことをしたかではなく、どれだけ心を込めたか。」

  • 執筆者の写真: 郁代 麓
    郁代 麓
  • 2021年11月25日
  • 読了時間: 2分

更新日:2月22日

私が二胡奏者として、二胡のトレーナーとして、なりたい自分というのは

沢山のステージに上がった、沢山の生徒さんに教えた

ということではなく

どれだけ心を込めて演奏できたか

どれだけ心を込めて、生徒さんの夢を応援できるか

ということなのだと思う。


私の会いたい生徒さんは、10人だけなのです。

沢山の出会いの中で、本当に気持ちを届けられるのは限られている気がして

自分のキャパとしては、10人の夢が叶えられたら

すごく幸せ。

だから、生徒さんと呼ぶのも何か違う


正直、やった分しか自分には与えられない

楽器の上達は、そのままが現れる

やったらやっただけ やらなかったらやらなかっただけ。

教える側にできることは、音楽への情熱を一緒に燃やし続けることだけなんじゃないかなと思っている。


たまに、変わった人がいて

試練や、練習、努力することが好きで

恥をかいても、文句を言われても、笑われても、

全てをブラックホールの如く吸い取っていく人がいる。

そして、さらっと 笑顔で生きている。


そんな人に、私はなりたい(宮沢賢治かっ)


私もそこそこ傷付く時はある。

沢山の感情を味わうことは、表現力の源

悔しさは、成長をくれ

悲しみは、優しさを教えてくれる

怒りは、世界に目を向ける視野を広げ

喜びは、心身を満たし

ワクワクは、想像力を豊かにし

もどかしさは、包容する時間をくれている


感情に支配されてはならないが、心を込めて丁寧に向きあう

それらを音に変えられたら最高。


全ての世界を吸い込めるようになりたい


たとえ未熟でも、あなたの音が聞きたい

と言ってもらえる奏者になろうと

日々心を込めて過ごそう



レッスン室の窓











 
 
 

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