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運は回るもの! そして 自分に運を回す!

  • 執筆者の写真: 郁代 麓
    郁代 麓
  • 2022年7月6日
  • 読了時間: 5分

人って、どこでどんな戦略を獲得するのか!って振り返ってみると面白い。

失敗は生きる戦略を獲得するためのプロセス。


運は回るもの。と知ったのは・・なっなっなんとっ「麻雀」から。



でねっ

私の花嫁修行の一つに「麻雀」がありましたの。

夫が一人っ子なもので、父母夫の三人家族、一人メンツが足りないわけで・・

麻雀大好き家族にとっては、メンツ確保はとても重要でしたの。


本当に修行でした。彼の家に遊びにいくと言って、週末の徹夜麻雀のお泊まり!

は当たり前のことでしたから(笑。



それぞれの四人のパーソナリティーが出ていて、面白かった。

考えている事を全く表情に出さない義父。

蝶よ花よと生きてきた永遠の少女義母。

自分の感情を実況中継し続ける夫。


勝敗の結果をノートにつけていたので、父がなくなるまでの何年分?

全て結果が残っている。麻雀杯の箱の中に今でも入っています。


私は、この麻雀から学んだことがあって

どんな個性があろうとも、どんなに下手でも、運は誰にでも回ってくる!ということ。


・運はみんなに回ってくる

・運がいい人がいる、運の悪い人もいる

・運を自分に呼ぶ方法

・運の呼び水


こんなの書いてたら、私は賭博士かっ!て思うね(笑


ゲームというのは運の回し方というのがあって、人生という長いスパンでは見づらいけど、

ゲームは回数を重ねていくと、よ〜〜く見えてくる。

「運の居場所」が。


今、誰に運があって誰にない、ってのが一目瞭然なわけ。

回数を重ねていると、一度も上がれないという人はいないの。

初心者はまず、ビギナーズラックってやつが必ずある。この仕組みは定かではないが、

新しい世界へようこそ!という歓迎!が世界にはある気がする。


「運はみんなに回ってくる。」

ゲームをしていると、ちゃんと皆んな上がるし勝てる回もある。

一度も上がれない・・という時の方がまれ。

ただ、運の滞在時間ってあるのね。

経験の少ない人、学習をしない人、運だけに頼る人 運の滞在時間が短い。


「運がいい人がいる、運の悪い人もいる」

義母は麻雀歴は長いのだけど、打つのは下手だった。あまり学習をしないからだ。

しかしながら、たいして考えずに打っているのだけど、フィーバーする回数が多くその当たり方も大きかった。

夫が、「お袋は下手なんだけど、強いんだよね」とよく言っていた。


この人は特別な才能を持っていたと思う。

「勘」がいいのだ。

これはね、持って生まれた才というか・・根拠がわからない。(個人的な見解は持っているが、それはまた今度。)

私の実父も時折参戦したが、彼は運の悪い人だった。勘も悪く学習も全くしないので、その運は大きくなることもなく、回を重ねれば最下位であった。



さてさて、本題です。「運を自分に呼ぶ方法」


どうやったら運を自分に呼び込めるか。

それは

「セオリー通りにやる」これに尽きると思う。

ビギナーズラックとか、運のみとか、これは自分の手中の範囲にはなくて


何事にもセオリーがある。これは統計的なものでもあるのだけど

麻雀は、確率のゲームなので、少しでも当たり杯の確率を上げて杯を取捨選択していく。

一枚しかない当たりで待つより、5枚当たりの方が当然上がれる確率は跳ね上がる。

「単騎は西で待て!」と言ったような語録もたくさんある。


セオリー通りやり続けること。




このセオリーは先人の知恵がある。それを学習し利用すること。

負けている時ほど、忠実に淡々とセオリーを続ける。そのうちに必ず運は回ってくる。

同時に、セオリーを無視していると自分で運を引き寄せることが出来ない。

そして、良い運が重なった時は何をやっても当たる。

というより、全てが与えられるという感覚だ。


親の役満ツモ! 与えられたもの全てが有効杯!ということにだってなるのだ。



運の大きさはその時それぞれ。大きいものもあれば、小さいものもある。

運は誰にでもやってくることを考えると、どうやったらその運を自分に呼び込むかということも、ある程度速度や確率をあげることができるということだ。

小さいものでもきちんと潤いを与えていく。それを余さずゲットすることが、運への礼儀だ。

小銭入れにおさまらず、お札入れへの変換の時がやってくる。

運のスケールが変わっていくのだと思う。


これに、義母のような「勘」が加わると怖いもの無しだよね。


「運の呼び水」

負けが続くことがある。

こんな時は、とにかく振り込まないこと、勝負に出ないこと。淡々とセオリーを守ること。

相手の運の大きさをみること。相手がフィーバーしているときは何やっても無駄。ひたすら守りに徹し、流れをかえる機会を伺う。

勝とうとするのではなく、流れを変える。それが運の呼び水になる時がある。

私は戦国武将かっ♪


家族麻雀をしていて、頭にフラッグが立つ絵がよく見えていた。

運のいい人!運の悪い人!と書いてある旗が頭の上を移動していく(笑


ゲームでこの感覚体験できるって、すごいと思うのだよね。

ゲームだけでなく、自分に世界に起きていることと当てはめてみる。


先日、宝くじ売り場の前を通り過ぎて、5歩戻りスクラッチクジを買った。

良いことが続いた日だったので、運試しとして。

あたりくじ3枚!二等当選❣️


運てそんな感じなんだな〜♪♪


セオリー通りというのは、基本を学び実践していくということ。

土台のない上には何も積み上がらない

いたってシンプル。


つまり、基本をしっかり持っている人ほど運を引き寄せられる。


ということで、私の中は定義づけられている。

迷った時は、ひたすら基本に戻る。それが良き!



最後まで読んでくださりありがとうございます。

あくまでも自論ですので〜〜あしからず♪


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