♯21 音楽が、神や運に采配される時
- 郁代 麓
- 2021年11月11日
- 読了時間: 3分
更新日:2021年11月12日
演奏家が、本番のステージの上で自分の実力以上のものが発揮できたとしたら、それは、いわゆるゾーンという世界なのかな。
「神とか運」の采配だと思うのだよ。
一生懸命続けていればそんな采配に出会うことができるのだろうか・・。
おおよそが本番というのは、実力通りにできたら上出来。それ以下の出来でもがっかりする事はない。
持ってる力の60%出せたら及第点と誰かが言っていたっけ。
それが本番 LIVEというものなのだと思う。
写真も動画も嘘をつく。
本物は、LIVEでしか見ること感じることはできないから
みんな本物でいるために、Liveをするんだと思う。
だから練習のレベルをあげないとなんだな。
友人からこんな話を聞いた。
42.195kmのフルマラソンを必死でゴールして、なんて長いんだと思ったけど、100kmマラソンにチャレンジした時は、42.195km地点は通過点になって過ぎていった。
すごく驚いた。
あんな辛いゴールが、通過点になるってどういうことだろうって。
ゴールを決めた時点で、可能性のスケールが小さくなってしまうんだ。だからと言って行き先は決めないと彷徨うだけになるから、行き先は決める。できるだけ大きく遠くに!
けど、通過点はできるだけ多く細かく設定する。
全てが通過点。
ゲームのように、チラタタッタタ〜〜〜♪とクリアしていく。
昨日の自分より、少し先にすすんでいれば通過点は必ずやってくる。
そして日々全ての瞬間が通過点でもある。
〜〜〜〜〜〜〜
旅の記憶に書き込まれるような存在、何か大切な思い出に、寄り添える音楽になりたいとずっと思っていた。
人生が長くなると、旅行に出かけた数々の思い出の記憶はどんどん深いところに潜っていくもの。
けど、音楽がその思い出にくっついていると、その曲を聞いた時すごい勢いで深い記憶から引っ張り出されてくる。
歌詞は忘れても、メロディーは覚えているから不思議。。
今回、旅行の中に二胡の演奏をする企画をいただいた。本当に嬉しかった。
自分の中でガッツポーズ。
添乗員時代に見た夢だったから。
未熟な私には準備が必要。今まで準備していた自分ではまだまだ足りてなかった。
パッといって、パッとステージで弾いてなどということができるほど器用な才能はない。
やってきたこと以上の表現はできない。
練習して、想像して、練習して、想像して。
そして、本番を通過した。
神こそは降りてこなかったけど・・笑
その気配はあったんだ。
最後の一音を出すのが、終わってしまうのが寂しかったから。
もっともっと弾いていたかったから。
素晴らしいご縁が
最高のシチュエーションとタイミングを運んできてくれた。
全ての出会いに心からの感謝。
北海道よありがとう❗️
大沼よありがとう〜〜と叫んで帰ってきました!
さて次のクリアポイントは、難易度が!むふふっなる。




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